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コラム

高校野球「感性」と「志」

高校野球 2010年3月の甲子園球場、見上げる三塁側アルプススタンド。私の周りは応援の白色のジャケットで、アルプス席全体が埋め尽くされていた。こんな瞬間を実際に感じてもいいのだろうか・・・と自分自身を疑いたくなるくらい、感動の渦の中にあった。

私の長男は高校球児である。高校野球は何も特別なものではなく、小学生の時から練習を休まずに、怪我がなければできる競技だと思う。もちろん、人間関係の深さや複雑さ、練習のレベルはそれまでの少年野球の比ではない。それでも毎年5万人強の高校球児が新たに誕生し、3学年を合わすとその数は16万人を超える。遊びたい盛りの高校生が白球にかける思いとは、いったい何なのだろうか?


高校野球 実は、子供が野球を続けるのは、親の影響が大きいと感じている。周りの親たちを見ていると、いずれも決して放任主義ではない。むしろ、過保護にさえ思える。過干渉すると、子供たちは自分で何の判断もできなくなってしまう。私はこれまで自分の中で一線を設け、反対することもなく、子供の好きなことをやらせてきた。そのなかで、子供の変化を見つめ、その時々にふさわしい言葉を投げかけてきた。一方で、自分の好きなことをやるためには、それなりの責任があること、また何かを成し遂げるためには努力が必要であることも教えてきたつもりだ。

一方、私たち親も、高校球児達からたくさんのことを教えられる。真っ直ぐに生きる!誠実さ・勇気・友を信じられる幸せ。これらの思いが集まって甲子園という舞台で花を咲かせ、沸きあがる感動を呼び起こす。もちろん、きれいごとばかりではないことも事実だが、高校野球の世界ではこの感動が上回る。感動するためには「感性」と「志」が必要だと思う。私はこの多くの球児たちや、その他高校野球に関わる周囲の人々の思いを素直に共有できる「感性」を、これからも持ち続けたいと考えている。子供にも、やはり甲子園という強い「志」を持ち続けてほしい。

2011/08/16 Posted by K.I.